研究業績

学位論文

  • 山田剛史 理想自己に対する認知と行動の関連 大阪教育大学大学院教育学研究科(学校教育専攻 心理学専修) 修士論文. 修士(教育学). (2002年3月)
  • 【修士論文要旨】

     本研究では、青年の自己形成を自らの未来に対する自己表象である理想自己の側面から捉え、現代青年にとっての理想の持つ意味・役割について検討することを目的とした。
     研究1では、自由記述により抽出された理想自己と現実自己のズレと自己評価との関連により、自己評価基準としての役割と個性記述的観点の方法論としての妥当性について検討すること、さらに、ズレの持つ自己形成への積極的な意識(自らの可能性に向かっていきたいという態度と実際に向かっているという態度の2側面から捉えられる自己形成意識として設定)を実現可能性(今後その理想を持ちうる可能性)という指標を絡めて検討することを目的とした。結果、ズレの大きさは自己評価の低下と関連があることが示されたと同時に、実現可能性の有無により“成熟へのしるし”としての意味も見出された。さらに、自己意識との関連により、他者からの視点に注意を向けやすい傾向を示す公的自己意識の高さは、ズレの大きさおよび自己評価の低さと関連がみられたが、同時に自己形成への積極的な意識の高さとも関連していることが示唆された。
     研究2では、自由記述によって得られた理想自己をもとに、それらに対する認知的側面を属性評定により測定し、さらにそれらに対する意欲と努力を理想自己志向性尺度により測定する。そして、理想自己に関する各々の関連を検討するとともに、過去・現在・未来に対する心理的時間の概念を示す時間的展望、および自己に対する肯定的(あるいは否定的)態度を示す自尊感情との関連を検討すること(量的分析)、表出された理想自己、その選択理由、理想自己に対する具体的方略および方略の希求に関して自由記述をベースに相互の関連を検討すること(質的分析)を目的とした。結果、(1)属性評定5側面中、困難度と感情の2側面は理想自己に対する意欲の促進要因として、対象化、重要性、実現可能性の3側面は理想自己に対する意欲・努力両側面の促進要因として、時間的展望4側面中、目標指向性、希望、現在充実感の3側面は努力の促進要因として機能していること、(2)個人内における意欲と努力の組み合わせによる検討の結果、高い意欲にも関わらず努力の程度が低いタイプのものは、自らの理想に対する意識、重要性は高いものの、その実現をより困難であると認知していること、現在と未来に対するネガティヴな時間的展望を抱いていること、低い自尊感情を抱いていることが示された。
     本研究では、個人の掲げる理想自己を軸として、それに対する評定や外的指標の相互関連だけではなく、選択理由や具体的方略といった自由記述も絡めて検討した。実証的研究に対する自身の“問い”を明らかにすることと、青年に対するメッセージを提示することを念頭において進められた。

  • 山田剛史 青年期固有の文脈を考慮した自己形成の構造とプロセスに関する研究 神戸大学大学院総合人間科学研究科(人間形成科学専攻 発達基礎論講座) 博士学位論文. 博士(学術). (2005年3月)
  • 【博士論文要旨】

     本論文では,青年の自己形成という現象に着目し,これまでの理論的・実証的研究を省みながら,「全体性と個性記述」,「自己と他者」,「行為と認知」,「文脈と意味づけ」,「時間」を機軸として,自己形成の多様な側面(要因/構造)およびそのプロセスについて明らかにすることが目的であった。
     第1章では,本論文全体に関わる包括的議論として,「青年(期)」「自己」「自己形成」という3つのテーマを取り上げた。本論文の領域は基本的には青年心理学の領域に含まれる。そこで,青年(期)および青年心理学がどのような歴史的変遷を経てきたのかについてレヴューを行った(第1節第1項)。その結果,第1に,青年(期)という存在は社会的に構成されたものであること,また青年心理学という学問領域も社会的要請を受けて発生・発展してきたということが示唆された。第2に,青年期が否定的な時期であるという青年期危機説は決して普遍的な現象ではなく,個人を取り巻く文脈と発達との関係から捉えていかなければならないことが示唆された。そのために重要な鍵概念が「自己」である。ここでは,心理学における自己に関する古典的議論を概観し,自己論の変遷過程を示した後,本論文における自己の位置づけを行った(第1節第2項)。その結果,第1に,本論文で通底する自己を“自他分別の文脈をもつ一個存在としての心的生の経験体”として定義づけた。第2に,量的側面の強い第2章・第3章では,James以降みられる統括者としてのIと従属者としてのmeの2分法的自己観を背景とし,質的側面の強い第4章・第5章では,Hermansの対話的自己論にみられるような,「客我(me)」に対して主体的性格としての「私(I)」が付与され,それらの対話的関係によって自己の世界が構成されるといった対話的自己観を背景としていることを指摘した。そして,本論文の中心的テーマである「自己形成」に関する議論に移る。ここでは,従来の自己形成に関する研究についてレヴューを行った(第2節第1項)。その結果,第1に,自己形成を“日常場面における行為や経験といった外的環境との関わりをベースとして,その外的活動とそれに付随する内的活動(諸感覚や評価)との相互作用によってもたらされる自己の発達およびその過程”として定義づけた。第2に,これまでの自己形成研究の問題点として,全体性,経験性,文脈性,関係性,時間性,過程性,力動性といった視点の欠如を指摘した。そして,次にこれらの視点を扱うための議論を行った。ここでは,各視点に適した領域を取り上げ,認識論的・方法論的観点からアプローチを行った(第2節第2項)。その上で,それぞれの立場を統合する可能性について検討を行った(第2節第3項)。
     第2章では,従来自己形成研究の文脈で最も多く取り上げられてきた「理想自己」に焦点を当てて研究を行った。Rogersによって概念化され研究が積み重ねられてきた理想自己と現実自己のズレをめぐる議論の変遷過程において,a.ズレは適応の指標としての機能を有していること,b.そのためには内在的視点による個性記述的観点からの検討が必要であること(第1節第1項),c.またズレには適応としての機能の他に自己形成という文脈も併せ持っていること(第1節第2項)が指摘された。一方で,自己形成文脈での理想自己の使用が上記パラダイム内でのみ議論されており,a.遠藤(1991)が指摘するように理想自己そのものに焦点を当てた検討が行われていないこと,b.意欲という志向的側面からのみ捉えられていることが問題点として指摘された(第1節第3項)。そこで,本研究では個人にとって重要な理想自己そのものに対する志向性として自己形成を規定するとともに,意欲的側面,つまり理想の自己像を実現していきたいかといった側面に,行動的側面,つまりその先にあるものとして実際にその実現に向けて行動しているのかといった側面を加え測度を作成した。さらにこの測度の組み合わせによって作成された自己形成のタイプを軸とし,意味づけ(理想自己設定の文脈)や具体的方略(理想自己の実現のための具体的な方略)といった質的データを絡めて,より具象度の高い検討を行った。その結果,自己形成的なタイプは,理想自己の背景に「自己」の問題に関連した意味づけを行いやすく,具体的方略を有しており,実行率も高く,自己に対する方略をとりやすいことが示された。一方非自己形成的なタイプは,理想自己の背景に「他者」の問題に関連した意味づけを行いやすく,具体的方略を有しておらず,その方略を希求する傾向が高いことが示された。
     第3章では,自己形成の対象を前章の理想自己という内的対象から日常的活動という外的対象へと展開して研究を行った。ここでは対象の展開に伴い,時間軸の拡張を行っている。つまり,理想自己は未来に対して抱かれた自己像であり,その実現へ向けていくことが自己形成的であるという認識に基づいていた。本研究ではこの志向的側面を有しつつ,必ずしもそれによって捉えられない自己形成の様相として,現在の活動に対する肯定的評価を付与していること(現在次元)をも自己形成の射程圏内として取り込んだ(第1節第1項)。さらに,自己形成との深い関連が予想される重要な青年期テーマであるアイデンティティを取り上げた。また,対象となる重要な活動の抽出に関しては,前章と同様,ア・プリオリに設定しない内在的視点による個性記述的観点から抽出した(第1節第2項)。そうして抽出された活動が自己形成的な活動として機能しているか否かを捉えるために,「充実感と自己受容(現在次元)」「自己目標志向性(未来次元)」の2側面から構成された“自己形成的活動に対する肯定的認知評価尺度”を作成した。その結果,当尺度とアイデンティティの有意な関連が認められ,アイデンティティの感覚といった内的な同一性の概念が,外的な活動に対して付与された認知的評価(自己形成)との関連によって,形成・獲得されることが可能性として示された。また,本研究ではどのような活動が自己形成的な活動として機能しているのかといった視点よりもさらに掘り下げて「文脈(活動設定の意味づけ)」の視点を導入している。つまり,どのような文脈によって支えられたどのような活動が自己形成的な活動として機能しているのかといった次元での検討である。主な結果として,“成長志向型によって支えられた「クラブ・サークル」や「自己研鑽」”をあげているものは,そこでの活動をより肯定的に捉えており,適応的な大学生活を送っていること,“間接的姿勢によって支えられた「授業・講義」”をあげているものは,そこでの活動を否定的に捉えており,大学生活に対して不適応感を抱いていることなどが示された。
     第4章では,自己形成の対象を理想自己,日常的活動からライフイベント(過去体験)へと展開して研究を行った。また,時間軸は未来(第2章),現在と未来(第3章)から過去次元へと拡張された。そして本章第2節では,“現在からみた過去体験に対する意味づけの変化(認知的再構成)”を自己形成の定義と設定し,その変化パターンの検討から青年の自己形成を捉えることを目的とした。その上で関連があると思われる領域として時間的展望研究,自己形成研究,ライフイベント研究を概観した(第1節第1項)。また,本研究のもう1つの目的である“可視化によるリフレクション効果”について検討することの意義について,関連があると思われる研究(領域)として白井による変容確認法と回想研究を概観した(第1節第2項)。可視化と意味づけの変化を扱うために,ライフヒストリーグラフを草案・使用し,質問紙法による質的検討を行った。その結果,個人にとって重要な内容に依拠しながら,変化パターンの様相について示唆したとともに,可視化によるリフレクション効果もみられることが示唆された。第3節では,第1に,ライフヒストリーグラフによって得られる効果の安定性を検討すること,第2に,前研究では扱えなかった変化(肯定化)を構成する要因,その要因間の関連(構造),および構造の変容過程について検討すること,の2点を目的とした。その結果,各パターンの傾向の類似性が認められ,本質問紙の安定性が示されたとともに,肯定化構成要素として1.時間経過,2.環境変化,3.体験(自己),4.克服・達成,5.獲得,6.体験(他者)といった6つが記述に基づくボトムアップによって抽出され,それらを機軸としたマクロ-メゾ-ミクロの3層からなる円環構造モデルならびに事例的検討を通じて3段階の変容過程が生成された。
     第5章では,自己形成の対象を大学生活経験とし,時間軸は「今,ここ」というmomentにおける過去-現在-未来全体へと展開された。その上で,本研究では大学生における自己形成プロセスの様相とその構造に関する比較検討を行うこと,ボトムアップによる発達現象としての自己形成の理論構成を行うことを目的として検討を行った。自己形成はその意からもプロセスを内包したものであるが,溝上(2003a)も指摘するように自己形成プロセスに関する研究は驚くほど少ない。そしてそもそもの自己形成を支える理論的基盤をもたない。この2点が本研究の前提となる問題意識であった。そこで,a.大学生としての過去と未来を持つ2回生に焦点を当て(第1節第2項),b.入学形態(過去),学生生活満足感(現在),進路(未来)といった大学生固有のテーマを機軸とし(第1節第1項),c.それらをつなぐものとして,活動と意味づけといった視点から,d.ナラティヴ・アプローチによって検討を行った(第1節第3項)。具体的には,比較的客観性の高い指標からタイプ分類を行い(1次分析),その典型例を選出し個別の自己形成プロセスを検討し(2次分析),そこに埋め込まれた構造的比較を通し理論構成(3次分析)を行った。その結果,(1)自己形成プロセスを構成する重要共通項として「学業」「人間関係(友人関係)」「将来目標」とそれにまつわる「活動」の有無が抽出された点,(2)それらが時間経過のなかで有機的連関構造を有しているか否かが適応化過程としての自己形成プロセスにとって重要である点,(3)自己形成プロセスを構成する公理として「活動と意味づけの相互行為性」「活動と目標の階層構造性」「活動における自己組織性」「自己内対話による相対化と位置づけ」が抽出された点が示唆された。
     最後に,本論文では自己形成という多様な側面を包含する現象を,さまざまな視点・認識論・方法論を取り入れて検討を行ってきた。その最たるものが,具象(学生世界)と抽象(タイプ,モデル,理論)の往復運動によって捉えたこと,自己形成を内部に閉じた系としてではなく,外部に開かれた系として捉えたこと,過去-現在-未来という時間軸を導入し,各時間次元における自己形成の構造およびその一連のプロセスについて検討したこと,自己形成論構築への布石を築いたことが本論文の意義としてあげられる。

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